「そうかぁ、お前も来月には社会人か。すげえな。まあ、なんていうか、頑張って。俺、半分就活諦めたようなもんだったからさ、ちゃんと社会に出て自立して働こうとするのマジですごいと思うよ。大人だな」
「ううん、全然。まだまだ子ども。ホントに社会人としてやってけるのかって感じ。だって私結局家決めたの先週だもん。めっちゃギリギリ。ホントひとつだけ良い物件が余っててよかった」
「あ、やっと物件決めたんだ。マジでギリギリだな。あれ、大阪だっけ?」
「静岡。本社は大阪なんだけど、最初の研修で静岡の工場に行かなきゃ行けなくて」
「へー、現場で働くの?」
「一応ね」
「マジで!? ちゃんと働けんの?」
「うわ声でかいなぁ。一応大学なんだし声抑えとこうよ」
「こんな深夜に人いないって」
「まあ、たしかに。深夜ってかもう早朝に近いけどね」
「たしかに」
「うん。ちゃんと働かされるっぽいよ。だから力仕事もそれなりにあるっぽい。まあ半年間の辛抱よ」
「すげえな。……静岡って何があるの?」
「なんもないよ。なんか先輩に聞いた話だけど、私が通う工場も田んぼの中にただぽつんってあるって感じらしくて」
「うわそれ、コンビニなかったら地獄だね。あ、そう、俺ももうすぐ地方行くんだ」
「え、そうなの? どこ?」
「東北。ゼミで取材してる集落が海岸沿いにあってさ」
「へえ、東北のどこ?」
「気仙沼。わかる? 宮城の」
「あー、わかんないや。漁村なの?」
「うん、市街地から離れると未だに結構伝統的な漁業生活してる人がいるらしい。からそれを聞き取り調査しに行く」
「へぇ、面白そう。いつ行くの?」
「今月の9日から一週間くらい」
「え? もうすぐじゃん」
「うん、もうすぐ。最近新しい新幹線ができたから仙台までそれでいく」
「あ、はやぶさ? だっけ?」
「うん、はやぶさ。えっと、ちょっとまってね……、うん、この写真のやつ」
「いいなぁスマホは、ぱっと調べ物できて。うん、はいはい、この緑のやつね。ニュースで見たことある。かっこいいよね」
「だよな」
「うん」
「お……空が明るくなってきた」
「うわほんとだ……」
「夜明けだな」
「うん」
「……」
「……」
「……帰る? そろそろ」
「……うん、帰ろっか」
「最後にひとつ聞いて良い?」
「うん、なに?」
「いつもこうしてお酒飲むときさ、その、飲んだ缶のそれ……」
「プルトップ?」
「うん、それ。それ取るの、毎回やるよね」
「ああ。なんかねぇ。昔近所に住んでたお姉さんがベルマーク集めててさ、こういう缶のプルトップも一緒に回収するらしくて、だから毎回うちでも集めてその人にあげてたんだよね。それからクセで毎回取っちゃう」
「はは、そうなんだ」
「そう、若い頃の習慣だね」
「そうか」
「うん」
「……」
「……」
「……そろそろ行くか」
「うん、あ、私缶捨てとくよ」
「お、ありがと」
「うん」
「あのさ、これからどうする?」
「これからっていうと?」
「連絡は、ときどき、取る?」
「いやー、いいよ。お互いの、ために、ね」
「そうだな、お互いの。そう、うん、きっぱりね」
「うん、きっぱり」
「じゃあ何もない限り連絡はしない。俺からも、お前からも」
「うん、何もないってことは、元気に過ごしてるってことだからね」
「そうだな、じゃ、俺、自転車こっちに停めてるから」
「そっか、私あっちだ」
「よし、それじゃ、バイバイだ」
「うん。バイバイ、元気で」
「お前も、元気で。じゃ、またどこかで」
「うん。じゃあね、バイバイ」